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kazuki umezawa

20180118

30を過ぎてから10代や20代の頃の感受性は遠くなり、良くも悪くも落ち着いて物事を捉え、見つめるようになったと思う。身体についても、みんなが言われてるほど衰えは感じないが、30代の後半に近づいていくと顕著になっていくのだろう。
10代の頃見たもので最も印象に残っているのがセカイ系と呼ばれている作品だった。
高校の帰り道のスリーエフの漫画コーナーにあった「最終兵器彼女」を手にとってなんとなく見たら見開きの黒ページ、兵器だと判明したちせの表情に圧倒された。
美大受験に失敗し、ゲーム(beatmaniaⅡDX)やアニメを封印し学科と実技の研鑽に集中しまくってた日々の中、何の用で寄ったか忘れたが大宮駅西口アルシェのソフマップのパソコンコーナーで流れていた新海誠の「雲のむこう、約束の場所」の宣伝映像が流れていて、立ち止まって見てるだけで泣いてしまった。
ここに映っている少年少女は無限の可能性を持っていて、空だか宇宙だかを飛んで現実とは異なるこの映像世界の中でどこまででも行けるんだろう、それに比べて自分はいったいどこまで行けるのか、浪人して踏みとどまって、もしまたどこにも受からなかったらどうするのか、不安で仕方ない当時の気持ちがあり、美しい映像にあてられて、もっさいダッフルコートを着込み新宿美術学園のTOOLS(画材屋)で買ったB3の愛用パネルを片手で持ちながら感情が溢れ、泣いてしまった。当時村上春樹作品を知って読み始めていた頃だったから、なぜか映っていた「海辺のカフカ」の表紙にもあてられてしまった。
予備校では春樹アンチで大江健三郎の「芽むしり仔撃ち」が至高だと言う奴が居たりして自分よりアニメやら映画やら小説やらを遥かにたくさん見て読んで知っている輩が無限に居るのだなとこれもまた打ち負かされた感じに日々なっていたのだが、浪人中に初めて彼女が出来たり実技で表現力や文章力を磨いたりと本当に充実していたと思う。
それはさておき、目当ての美大に受かっていい感じに学生生活を過ごしていた中、当時東京都写真美術館でやっていた文化庁メディア芸術祭雲のむこう、約束の場所」が上映されるというので(しかも色々な最新のものが無料で見れる)、手製のサンドウィッチを持っていき三日間くらい通いつめた。
大学生当時の自分にとっても雲のむこう、約束の場所」はなかなか魅力的な作品だった。しかし、浪人の時に同作の宣伝映像を大宮のソフマップで見た時に受けた感情の揺らぎに比べたら小さな感動だったと思う。ぶわっと雲の上を飛ぶシーンで、隣に居た見知らぬ女性がハンカチで顔を抑えて泣いていたのが印象的だった。在学中に小さな上映館で「ほしのこえ」を見た時の方が強い印象を受けた気もする。
これは単に状況と年齢によって感情の揺らぎの幅は異なってくるというだけの話なのだけど、kanonとか、色んな玉石混交のbmsとか、ステッパーズステップやジスカルドさんの作ったゲームとか、有象無象のweb漫画とか、10代の頃にやらなきゃいけないこと(主にデッサンや、受験のための学科)から目をそらしながら眠い目をこすりながら没頭した諸作品群から受けた影響や感動は、本当にかけがえのないものだったのだと思う。それらが糧となり、今の自分が成立しているのは間違いない。
30を過ぎても年齢関係なく突き刺さる作品というのは当然あるもので、そういうものを体験したいがために色んな展示やら映像やらを通い見に行くというのはある。あと、何かを作っている時の自分の中の感情の揺らぎや精神の浮き沈みというのはやはり他に代えがたいものがあって、続ける一因となっているのだろう。
どうでもいいけどbeatmaniaは当時八段だったのが2010年に行われた「破滅*ラウンジ」の頃に九段になり、今では皆伝の底辺を維持している。身体の衰えに抗いつつ、より上を目指して行きたいものだ。