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kazuki umezawa

老婆

昨日原美術館束芋さんの個展を見に行った。
感じる事考えさせられる事がいっぱいあってとても良い体験だった。
日没以降しか見られないインスタレーションがあったので帰りはだいぶ遅くなった。

井の頭線で吉祥寺から国分寺へ向かうため電車から降りる際、
人に声を掛けられた。
僕は降りる間際まで座席に座りながら寝ていたので半分寝ぼけ眼でふりむくと、
彼女が優先席で足を伸ばして三人分くらい座席を占領して座っていた。
荷物を持ってほしいと彼女は言った。
ピンクのカーディガンに赤いもんぺ、
素材は両方ともフリースのようでごわごわしている。
縮れたゴムで束ねられた髪は薄く白く、
砂漠のように乾いた頭皮が毛の隙間から見える。
顔面には白いおしろいみたいな化粧が厚く塗られているが、
それはかえって皺による起伏や陰影を強調していた。
少なく見積もって七十、多くて九十歳くらいだろう。
両手に抱えられるくらいのビニルバックをいくつか持っており、
中身は何日か分の着替えの衣服が入っているようだ。
フリースの生地や頭髪の汚れを見てもわかるとおり、おそらく乞食だろう。
特に何も考えを持たずに荷物を持ってあげて電車を出た。
聞くところによると病院まで行くらしい。
どこの病院だと聞くと、杏林大学付属病院だと言う。
吉祥寺からだとそれなりに距離があるし、
この重い荷物を持っていくのは彼女には重労働だろう。
いつもならここで同情心とか偽善について考えて躊躇するのだが、
この日は特に本当に何の考えも持たずに病院まで荷物を持って行く事にした。
彼女はやや驚いた顔でお礼を言った。

僕はカメラを持っていたし、荷物はけっこう重かった。
不思議なほどに良い事をしているという充実感はなかった。
この奇妙な格好をした老婆に興味をもったので行動を共にしてみるのも一興かな
と思ったのが正直なところだ。

吉祥寺駅を出てバスに乗り病院に向かった。
バスに乗るまで彼女はわりとひっきりなしに喋っていた。
横田ベースに住んでいるので英語が話せると言い、
英語で自分のやってる仕事をぺらぺら話し始めた。
普通の会話をしているときも英単語がちらちらでてくる。
「バスはマネーが安いからコンビニエントだ」とか
「リーセントリーのソシャイアティはお先真っ暗ね」とか。
バス賃はぼろぼろのみずほ銀行の封筒から小銭を出して僕の分まで払ってくれた。
210円だった。

彼女は病院へ行くためにバス停で待っている人や運転手など色んな人に声をかけていたが、
どの人も反応がとても冷淡だった。
いまさらながら必要以上の接触を拒む現代日本人の特徴を確認した感じだった。
まあ僕も荷物を持ってあげたり楽しそうに彼女と身の上話をしたりしているけど、興味のない知らない人に声を掛けられたら事務的に対応するか、相手が知りたがっている情報を自分が知っていても説明するのが面倒くさかったら知らないと嘘をついたりするから本来似たようなものなのかもしれない。
ただこの日は彼女の視線に立って物事を見ていたのでそういう反応一つ一つが「あーあ」と感じた。
彼女がそういう反応に慣れているのもなかなか切なかった。

病院に着いたのは11時頃?だった。
夜中なのに子供連れの親子やOLっぽい人などがたくさん待合室にいた。
薬の診断書みたいな紙に彼女の名前が書いてあって、
彼女の名前はハヤシさんだというのがわかった。
薬の種類はなかなか豊富で、便秘止めやらなにやら十種類くらいあった。
健康が遠い状態にある年齢なのだ。
体中ガタがきているのに重い衣服を持って駅や街を徘徊するのは何のためだろう。
彼女にとって生きる目的とはなんなんだろう。
林さんが診察を受けている間一時間くらい暇だったので待合室でテレビをずっと見ていた。
ゴリエだかがでている番組と、
小西真奈美とココリコとリリーフランキーが出ている番組と、
坂下千里子内田恭子瀬戸朝香がでている番組を続けて見てしまった。
バラエティ番組って時間を潰すのに本当に適している。
彼女が診察から帰って頃は十二時を回っていた。
病院から出ると、今晩泊めてくれないかと言う。
さすがにそれはできないなあと思って嘘をついた。
僕の家には同居人がいて、その同居人は僕以外の人間が泊まるのをひどく嫌がるからハヤシさんを泊める事はできません、と。
彼女はそれを聞くと残念そうにそれなら仕方ないわねと言って、
別の提案をもちかけてきた。
ファミレスかどこかで一緒に一夜を明かそうと言うのだ。
なぜ僕も一緒に?どうやら寂しいらしい。
これまで荷物をもってもらったのも、
話し相手がほしかったのも理由のひとつなのだろう。
しかし自分の予定や生活を犠牲にしてまで彼女につきあおうと僕は思わなかったので丁重にお断りした。
同居人は僕にとって大切な人でその人は僕の帰りを待っている、と嘘をついた。
彼女はとても残念そうな顔をしていた。
泊まるところがないのにいつもどうしているんですか?
と多少ぶしつけな質問をした。
いつもこうやって僕くらいの年齢の学生をつかまえて泊めさせてもらったり、
ファミレスで一夜を明かしたり、
病院で眠ってしまう事もあるらしい。(杏林大学付属病院は24時間営業らしい)
井の頭線にはよく東大生とかが乗っていて、東大生は情に厚くよく泊めてくれたりするらしい。
東大生はさすが人格までしっかり教育されていると彼女は語り、
一橋大学の学生は全然駄目だとなぜか批判していた。
ぼくは美大生なんでよくわからないですねえと適当に応えていたら、
話がまた急に変わった。
「今わたしは価値にして数十万の宝石を持っているからこれを担保にお金を三万円貸してほしい」
うわ、と思った。
これが目的だったのかと思うとなんだがちょっと悲しい。
会う学生皆に同じ事を言っているんだろうか。
なんでも明日リアルイステイト(不動産)に行って家を借りるのだが
頭金が少しだけ足りないからお金が必要なのだそうだ。
コントラクト(契約書)もイングリッシュ(英語)で書くからどうか頼む、
と必死にたのむハヤシさん。
ものすごく丁重にお断りするが、
この年で重い荷物もって移動するのはたいへんだからタクシー代はかかるし、
薬代だって馬鹿にならない。
哀れな老人に恵むつもりで、どうか頼むと食い下がる彼女。
さすがに会ったばかりの人間にお金を貸すことはできないと断り続けるが、
じゃあ一万円だけでいいからと彼女は頼み続けた。
結局「僕は親友にだって一円もお金を貸さない主義なんです」
という中途半端な嘘をついてなんとか逃れた。
ちょっと機嫌悪そうにぶつぶつ何か言っていた。
さすがにそこまではできない。さすがにそこまではできない。

病院の最寄り駅である三鷹駅までタクシーで行くが、
彼女は朝まで一緒にいてくれと粘って言っていた。
僕は何度も謝っていたが正直そろそろ面倒くさくなっていた。
自分は何をやっているんだろうという気になっていた。
中央線に乗り、僕は国分寺で降り家に帰り、
彼女は国立まで行きそこのファミレスで今夜は過ごすという事になった。
ここまできたんだから朝までいてよ、とせがんでいたがとにかく断った。
最後の最後に「じゃあ千円だけ貸して!」
と言うのでもういいやという気持ちで千円札を彼女に渡した。
まず返ってこないだろう。でもなんかもうよかった。

国分寺で降り彼女と別れる際、
両手を差し出して握手を求めてきたので、僕は握り締めた。
こんなに重い荷物を持ってくれて本当に助かった。
わたし一人では今日病院にも行けなかったでしょう、ベリーサンクス。
笑顔で彼女はそう言った。
それはとても純粋な笑顔だったので僕は結構幸せな気持ちになってしまった。
扉が閉まり電車が発車し、窓から彼女の顔が覗いたときにも笑顔だった。
思わず手を振った。

たとえ彼女に三万円を渡したとしても、
家に泊めてあげたとしても、
朝までファミレスにつきあったとしても、
根本的には何も救われないだろう。
重い荷物を年老いた体で持ちながら学生の家々を、
ファストフード店を、
病院を渡り歩く彼女の不幸は誰が生み出したのだろう。
社会だろうか、それとも彼女自身が問題か。
よくわからないが、ファミリーレストランの中でも特にガストのサラダうどんが好物だという彼女のささやかな幸せは、僕のあげた千円でどうにか得られたかもしれない。
しかしそれを深夜に一人で食べている姿を想像すると、
一緒にいてやればよかったとも思う。
それが何にもならないにしても。

西武線の終電がないので国分寺から鷹の台まで歩いた。
そういえばずっと首からカメラを下げていたのに、
僕は彼女の写真を一枚も撮らなかった。
人のいない深夜の道路、特に目的もなく長時間露光などをしながら帰った。
家に着いたのは三時頃だった。