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kazuki umezawa

「異生物」「魚」「ヒロイン」を合わせ持つ異形のポニョ

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ポニョ観た。感想書く。
崖の上のポニョ」を観てない人はネタばれにつき注意。


ポニョの存在が予想以上に人間から離れている。不定形。スライム。最初の登場シーンではどちらかというと「変わった生き物が出てきた」という印象が大きい。ヒロインにしては異生物感がかなり強い。
ポニョのサイズは想像以上に小さい。1リットルのペットボトルに三匹くらい入る大きさ。男の子の主人公宗介がポニョと最初に出会う時、ポニョを詰めたビンを石で叩き割るシーンがあったが、あれはどう考えても物理的にポニョがガラスと石にまみれてぐちゃぐちゃになってしまう勢いだった。だがポニョは無傷で宗介の指からちょっと血が出たくらいで済む。序盤は他にもバケツにいれられてこっそり飼われるなど、人間的な扱いというより「海で見つけた何か珍しい生き物」という描かれ方をされる。なのに宗助他登場人物たちは何の疑いも持たずポニョを「魚」として認識している。大きさや質感などからしてヒロインというより「異生物」。なのに「魚」。にも関らず宗助は「僕が守ってあげる」を連発、幼いながらも男性的な欲望に忠実な側面を発揮し、「魚」や「異生物」とも違う「ヒロイン」として扱い、開始数十分でポニョもそれを受け入れ「宗助好きー」で相思相愛が確立する。そのすぐ後、海側にポニョが引き戻され、好き同士だけど人間と海(自然)は簡単に共生できるものではない感が示される。
ここまでの流れがすごく速い。海の中のゴミ、老人ホームのおばあさん達、などの「環境問題」、「幼と老の純粋さ」といったいくらでも深読みできそうな要素が駆け足のように物語内に配置されて行く。それらはテーマとして重要性を帯びるというより「一応深い設定置いときました」ぐらいの軽さで描かれている印象を受けた。ポニョが大好きなハムも、魚介類を加工して作られたものなんじゃないかと深読みしてしまう。
それより何より観ていて引き込まれるは「異生物」「魚」「ヒロイン」の三要素をややもすると強引に背負わされ圧倒的な違和感を放つポニョと、それを愛して止まない宗助で。
(こうして書いてると不気味で違和感しかないと思われてしまうが、ポニョ自体はすごくかわいい。動きや小ささ、声、どれをどっても魅力的で観ていてキュンキュンしてました。でもそのかわいさはどちらかというとトトロやカオナシがもつかわいらしさに近い。人間的なものではなくマスコット的な。)
ポニョが宗助の「好き」に答えるべく人間になろうとして変態するシーンがあるんだけど、その時のメタモルフォーゼっぷりが大げさに言うとバケモノじみている。顔面や目の形体が変化を起こす際など顔の全体を占めるくらい大きく開いた口の中に覗く歯が正にトトロ。美しい悪夢のような手描きの動きまくる画面の中で、異形の見た目で海全体を巻き込んで疾走していくポニョはだんだんその姿を可愛らしい宮崎アニメのヒロインらしい姿へと変えていく。ポニョは不思議な力で人間の姿になったり、魔法を使う時だけトトロめいたバケモノっぽい顔に一瞬なったり、力をなくして元の魚の姿に戻ったりする。その代わり様がくるくる表情の変わる子供のようで観ていておもしろい。ハウルのヒロインが老婆と若い女を行き来するように身体が変化するのを思い出す。
結局二人は結ばれて誰も死なずにハッピーに終わるのだが、物語の核心的な部分がほとんど意図的に語られていないというのが非常に興味深かった。特にリサとグランマンマーレが会話するシーンは、人間の母と魚の母、大げさに言うと人間と自然の対話の本質的な部分が語られてもおかしくない超重要な場面だった。にもかかわらずこの二人の長い会話にはカメラが向かない。子供向けだから意図的に難しい所は説明しなかったのか、考えるのではなく感じて欲しかったのか、とにかくジブリアニメの十八番である自然との共生というテーマが直接的には語られていなかったため、観た後に印象に残ったのは水という質感を極端に誇張したかのようなグニョグニョ動く色鉛筆も用いられた手描きのアニメーション、ヒロインなのにポニョポニョして形が変わりまくるポニョ、何事もなかったかのように子供向けの体裁を装ってあの歌とともにあっという間に終わるスタッフロールだ。竹熊健太郎が「つげ義春の『ねじ式』とか『コマツ岬の生活』など、シュルレアリスム漫画の読後感に近い感覚」と評したのも納得。
だが僕が観た映画館では観客の反応はナチュラルに凄い良いものだった。子供がすごく多かったのだけど、ポニョがどたばた走り回るシーンでは「かわいー」と、波が光を伴ってめまぐるしく画が展開する所では「きれー」と歓声が上がっていた。あと、ポニョが人間の形になるシーンでは「魚から人間になっちゃったよ!」と反応している声が観客から上がったりもして、大人が違和感を抱くようなシーンに子供は自然に反応しているようだった。
後々にトラウマを残す可能性もある気がするが、真の意味で子供のために作られた作品として強度をもっていたのは間違いないし、今までのどの宮崎駿作品とも違う要素があったのは間違いない。これを観て「自然について深く考えさせられました」といった感想を抱く人も居るかもしれないが、おそらく僕はそういう人達にまったく共感しない。