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kazuki umezawa

エメラルドマウンテン

実家に住んでいるので母校の中学校の校庭の前をたまに通るのだが、見ていると胸に来るものがある。いまだに冷静に通り過ぎることが出来ない。グラウンドでトスバッティングの練習に励む野球部の少年達と記憶の中の自分の姿が重なる。

小、中と兄の影響で野球を続けていたがセンスと体力がなかったのか僕の下手さは部員の中でも明らかに底辺を行っていた。ちょっとした瞬間の読み合い、例えば打った瞬間にどこのベースまで走ればよいのか、フライが上がったらどこまで下がって取れば良いのかという事が神技のように難しく感じた。皆は平気でやってのけるのだからすごいと思ってた。頭でどれだけ考えてもその瞬間に体が動かなくては打つ事も守る事もできない。その瞬間に体が反応せずに頭の中がこんがらがる事を人はテンパると言う。当時の僕は毎日のようにテンパっていた。キャッチボールでさえ、相手の足元でもない頭上でもない目の前くらいのちょうど取りやすい位置に投げる行為に全神経を注いで集中してやっていた。だがよく失敗していた。

部活におけるポジションは中学生という人間のアイディンティティーと深く繋がっていて、背番号をもらえるかもらえないかはかなり重要だった。上級生が試合に出られる権利を監督から与えられないと自分の存在が否定されたようでかなり落ちこむ。だけどその実力がないのだから仕方ない、自分は駄目なんだと諦めの精神を常に抱えるようになりどんどん暗い性格になっていたように思う。
結局僕は最後の試合直前に高校受験を理由に野球部を辞めた。美術系の高校の受験の準備をするために辞める、みたいな理由だったと思う。辞める事を正式に監督(先生)に伝えるためには恐れ多き監督と一対一で接しなければいけない。当時の野球部の監督は見た目も喋り方もヤクザのようで、ちょっと不良な生徒も素で恐れて逆に友好的に接しようとするくらい怖い人だった。野球部の生徒にとって監督の命令はほぼ絶対で、特定の守備位置の選手は近くのすずき屋という文房具屋にある自販機までの缶コーヒーをよく買いに行かされていた。その時にジョージアエメラルドマウンテンを買ってこなければこっぴどく叱られるというのは野球部員の間では常識だった。

今日、土呂駅に向かう途中にある近所のりそな銀行で大学の学費の振込みを終え家に買える時、すずき屋に寄った。親に頼まれてクレヨンの黒を3本買ってくるよう頼まれていたからだ。すずき屋のおばあちゃんは健在で僕が梅沢絵画教室の息子である事や植中の出身である事を話したら感激したようになにか言葉らしき事をもぐもぐさせながら言ってた。まったく聞き取れなかった。
まだ夕方前くらいだったので陸上部の男連中が学校の周りを走ってた。すずき屋の自販機でエメラルドマウンテンを買って飲んだ。あの監督の影響で缶コーヒーはこれを買うようになった。理由はささいなもので、コーヒーに興味を持ち出した時期にどの銘柄も一緒に見えてああそういえばあの監督がエメラルドマウンテンばっか飲んでたなあと思い出して買って以来その習慣が続いている、それだけの事だ。

野球部をやめると正式に伝えるために職員室で一対一で話した時監督は笑顔になり握手をして「頑張れ」と言ってくれた。よく覚えてないが俺は歯が小刻みに震え涙目を必死になってこらえて「はい」と言った気がする。めちゃくちゃ怖かった。死ぬ、絶対死ぬって思ってた。今思うとなんでってそんなにって感じだ。

でも野球部をやめて空いた時間が出来ても結局その時間を有効に使う事は出来なかった。沢山の時間を自分で計画的に有効に使うのは強い精神力が必要なのだ。辞めた後当時の自分は多くの時間をネットとゲーセンにあてていた。美術の高校に受験の準備は直前の数ヶ月で必死になって力を付けた結果受かった。結局野球部は辞めなくても受かっていた気もする。あの辞めた数ヶ月の間で自分の中のだらだら感が決定的になり今も引きずっている気がしてならない。ただこのだらだらが蓄え期間でもあるとも考えられるがどうなんだろう